「このあとスタッフが美味しくいただきました」という詭弁

テレビのバラエティ番組で、さんざん食べ物で遊んだあとに「このあとスタッフが美味しくいただきました」とテロップが流れることがあります。これは「食べ物を粗末にするな!」という視聴者からのクレームに備えた予防線、もしくは食べ物で遊んだことに対する免罪符なのでしょうが、先日、これと同じ表現が食べ物ではなく、害獣退治の場面で使われているのを見ました。内容は、シカの害に困っている人が番組スタッフとともにシカを捕獲・処分 → 「このあとシカはスタッフが美味しくいただきました」というもの。

果たして、本当にスタッフが食べているのか? 後付けでも、食べればそれでチャラになるのか?

今回はちょっと疑問に感じたことを書いてみたいと思います。

実際には衛生的なリスクもあるから食べない

まず食べ物で遊ぶ企画について、ちょっと前の話ですが『ガジェット通信』に「テレビ局スタッフ『もちろん番組で使った食品は捨てますよ! スタッフが美味しく食べた? ないない(笑)』」という記事が出ています。これによると、バラエティ番組でネタに使った食品は食中毒や衛生的な問題があるため、実際にはほぼ食べずに処分されるそうです。それでもオンエア時には「このあとスタッフが美味しくいただきました」としっかりテロップを出すと。

これに対しては「まあ無理に食べて何かあったら困るしな」という声があるいっぽう、「食べるべきだとは言わないが、食べてないのに食べたというテロップを出すのはダメだ」という意見もあるようです。同感です。笑いのために食べ物を利用すると判断したのなら、胸を張って「食べ物で遊んで捨てました」と言えばいいと思います。この件に関連して、松本人志さんは「食べ物を粗末にするなと言う人がいるけど、そのコストでどれだけの人たちを笑わせているのかと。『笑い』でじゅうぶん元はとってるから粗末にしてない」と言っているようです。

動物もあとで食べればオッケー?

(2018.11.01 追記)
文春オンラインの[テレ東「池の水ぜんぶ抜く」で長崎のボラ3000匹が大量死]という記事の中でも、駆除したボラに対して「無理やり移動させられた魚たち約3千匹は死んでしまったとみて間違いない。せめて食用なり二次利用するべきだった」というコメントがありました。この人は何を言いたいのでしょうか?

どうせ死ぬんだったら、ただ死ぬよりも人間様の食料となった方がボラも幸せだろ、ということでしょうか?

一見、動物に優しい発言のように見えますが、ひどいエゴですよね。

実は釣りの世界にも、これと似た問題が昔から存在します。キャッチアンドリリースの問題です。例えばフライフィッシングなどでは釣った(キャッチした)魚を食べずに再び逃がす(リリースする)ことが少なくありません。この行為に対して「食べる気がないんだったら、いたずらに魚を傷つけるな」という反対意見が根強くあります。特に海釣り派の釣り人に多い。「じゃあわかった。釣ったら持って帰って食べればいいんでしょ」と言いたくなりますが、それでいいのでしょうか? 「命」という観点で言えば、助かるはずだった命が失われることになるんですよ。

「いや、いちど釣られた魚は傷ついてその後苦しむことになるから」という意見もあります。では考えてみてください。あなたは『進撃の巨人』の世界の住人で、今まさに巨人に捕まり食べられる寸前です。捕まったときに身体の大部分が潰れてしまいました。助かってもこれからの人生苦しみそうです。ここで巨人が「逃がしてあげてもいい」と言ったらどうしますか? どうされるのがうれしいですか? たとえ身体に傷がついたとしても逃がしてほしいと思った人は「キャッチアンドリリース反対」とは言わないでください。

別の想定です。同じく巨人が登場する世界であなたの友人や家族が巨人にベチッと(ハエたたきのように)はたかれて命を落としてしまいました。このあと巨人がその友人や家族を食べようとしています。あなたはどう思いますか? どうせ死んでしまったのだから、せめて巨人の空腹を満たす役に立ってほしいと思いますか? いやお願いだから食べないでやってくれ!と思った人は「このあとスタッフが美味しくいただきましたのでオッケー!」とは言わないでください。

(画像引用:『進撃の巨人』講談社)
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