「日和る」って新しい言葉、それとも古い言葉?

文章の書き方

ネットでときどき「日和(ひよ)る」という言葉を目にします。

いつも威張り散らしているラーメン屋の店主。チンピラ風の客が来たら急におとなしくなりやがって。日和ってんじゃねーよ。

こんな感じで使われることが多いと思います。「ビビる」とか「怖気づく」といった意味でしょうか。

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もともとは様子見を決め込むこと

辞書で調べてみると以下のようにありました。

ひよ・る【日和る】
(動 ラ五)
〔「日和見」から。主に学生が用いる〕
日和見をして妥協する。「─・った態度」

(『大辞林』)

「日和見(ひよりみ)」とは、もともと船頭さんが天気の様子を見て出航するかしないか決めたことから、「物事のなりゆきを見て、有利な方につこうとすること。洞ヶ峠。(『大辞林』)」という意味です。

ちなみに上の「洞ヶ峠(ほらがとうげ)」とは、昔、山崎の合戦で筒井順慶が洞ヶ峠から戦況を眺めつつ明智光秀に味方するかどうか決めたという故事から。

この「日和見をして妥協する」と、最近使われる「怖気づく」ではちょっとニュアンスが違いますね。あと、「主に学生が用いる」というのはどういう意味でしょうか?

そこでちょっと調べてみると、どうもこの「日和る」という言葉は60〜70年代の学生運動でよく使われた言葉のようです。

当時はいろいろな意見や主義をもった人たちが言論や武力でぶつかり合っていましたが、そのような中で自分の意見を主張することを保留して、いったん中立な立場に留まることを「日和る」といったそうです。

それが戦略的な判断で日和ったのか、それとも怖気づいて日和ったのかはわかりませんが、例えば、デモに参加しろと誘ったのに来なかった者が仲間から「あいつビビリやがった」と思われたとしても不思議ではありません。

ここから少しずつ「日和る」=「怖気づく」「ビビる」という意味になっていったのかもしれません。

もうひとつ別の解釈では、「ひよる」という言葉を聞いた者が「ひ弱」という言葉を連想し、現在の意味になったともいわれています。

どちらにしても、あまりいい使われ方ではないですね。

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