「恣意的」を「意図的」という意味で使うのは誤用……ではない!?

「恣意的(しいてき)」という言葉があります。『大辞林』によるとその意味は「その時々の思いつきで物事を判断するさま」とあります。つまり、あまり深く考えずに、その時々で統一性のない判断をするといった感じです。

【例文A】
矢を放って偶数の場所に当たったら有罪、奇数だったら無罪。そんな恣意的な理由で判決を下されたら、たまったものではない。

このような使われ方をするのが一般的です。ところが、この「恣意的」という言葉が「意図的」という意味で使われることがあり、それは誤用なんじゃないの?という指摘も多くあります。いっぽうで「いいえ、その使い方で合ってますよ」という意見も……。そのあたりの事情をあらためてまとめてみました。

「恣意的」に意図は含まれるか、含まれないか?

まず一般的に誤用の疑いがあるとされる例を見てください。

【例文B】
宝くじの抽選現場では高速度カメラを使って矢の軌跡を追い、回転盤の回転速度を制御。恣意的に当選番号を決定しているという疑惑がある。

これは本来ランダムに決定されるべき宝くじの当選番号が人為的に、ある意図のもと決められている!という内容の例文です(あくまで例文なのでホントかどうかは知りませんよ)。

冒頭の【例文A】は、本来はよく考えて決めなければならないことを偶然性(ランダム性)の高い方法で決めているという例であり、【例文B】はそれとはまったく反対の状況です。で、この【例文B】のような使い方は間違いである、というのが多くの意見です。

ポイントは特別な「意図」や「意思」が含まれているか

ではここで「恣意的」という言葉の意味をもう少し深くみていきたいと思います。
まず「恣」という漢字ですが、これは一文字で「ほしいまま」と読むことができ、意味は「やりたいままに振る舞うこと。自分の思いどおりに事を行うこと」(『大辞林』三省堂)です。これに「意思」の「意」の字がついて「恣意」となるわけですが、そうやって考えてみると「自分の思いどおりに」とあるぐらいですから、「恣意的」という言葉にはある種の「意図」が含まれうるともいえます。

例えば以下のような例はどうでしょうか?

宝くじの抽選現場において、その時の思いつきで自分の思いどおりの数字が並ぶように細工した。

  恣意的・・・その時々の思いつきで物事を判断するさま
  恣・・・自分の思いどおりに事を行うこと

この行為は「恣意的」といえるでしょうか? いえないでしょうか?
辞書的な意味でいえばまさに「恣意的」といえるでしょう。ただし同時に「意図的」であるともいえます。

この点については、辞典編纂者である飯間浩明氏は以下のように発言しています。

どうも、「意図的」という意味が含まれているから誤用! とは簡単にいえないようです。

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