文末に変化をつけて文章にリズムをつける

リズムのよい文章の書き方」の記事で、文章は音楽と同じで、音とリズムに気を配って書かなければダメだと書きました。今回はリズムをよくする具体的な文章の書き方をひとつ紹介します。それが「文末に変化をつける」です。
http://suzumi-ya.com/epub/post-372/

同じ文末の連続は2回まで

(例文)
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル』が2月28日からイベント上映されます。声優はシャアの幼少期キャスバルを田中真弓さんが担当します。妹のアルテイシアは潘めぐみさんが担当します。大人のシャアはこれまでと同じく池田秀一さんが担当します

この例文では、「〜されます」「〜します」「〜します」「〜します」と同じ文末が繰り返されているため、少しリズムがよくありません。詩や歌などでは押韻(おういん)といって、わざと同じ音を繰り返してリズムを作る手法もありますが、普通の文では末尾に変化をつけた方がリズムは良くなります。

(修正例)
『機動戦士ガンダム THE ORIGIN I 青い瞳のキャスバル』が2月28日からイベント上映されます。声優はシャアの幼少期キャスバルを田中真弓さん、妹のアルテイシアを潘めぐみさんが担当。そして、大人のシャアはこれまでと同じく池田秀一さんが続投します。

そうはいっても、すべての文の末尾を変えることは難しいかもしれません。その場合は、目安として同じ文末が2回連続したら、次はちょっと変えてみることを意識すればよいでしょう。

過去のことは過去形で書くという誤解

過去のことは過去形で書く。これは文章の基本ではありますが、それを忠実に守っていると、過去の出来事を書いた文章は文末がすべて「〜た。」となってしまいます。

(例文)
それからが大変だった。まず、頭を隠すためのカツラを買いに行った。ところが、昆布の買いすぎでお金がなかった。しかたがないので、孫さんに借りることにした。孫さんは地元の資産家だった。しかもハゲだった。お金は無理でもカツラは貸してくれるはずだと思った

このように過去形にこだわると文章の流れが単調になって、ちょっと読みづらくなります。だからといって、過去のことを現在形で書くのはいかがなものか、と思っている方もいるかもしれません。

ですが、下の修正例を読んでもらえばわかる通り、文末に過去形を使わなくても過去の出来事を語ることはできます。

(修正例)
それからが大変だった。まず、頭を隠すためのカツラを買うことにしたのだが、昆布の買いすぎでお金がな。しかたがないので、孫さんに借りることにする。孫さんは地元の資産家で、しかもハゲ。お金は無理でもカツラは貸してくれるだろう

この方がリズムに変化がついて読みやすいでしょう。しかも、現在形の文を織り交ぜることで、お金がないという緊張感や、カツラぐらいは貸してくれるだろうという身勝手な心情がよりリアルに伝わってきます。

です・ます調、だ・である調にこだわらない

「です・ます調」や「だ・である調」といった文体は、文章全体の印象を決定づける大きな要素です。例えば、「吾輩は猫である。名前はまだない」と「私は猫です。名前はまだありません」とでは、読み手が受け取る印象は随分変わってくると思います。これは書き手の個性やセンスによるところが大きいのですが、読み手との関係性や掲載媒体の性格によっても文体は制限されます。
(ちなみにこのブログは「です・ます調」を基本に書いています。理由は、文章の書き方なんて内容を「だ・である調」で書いたら、上から目線で偉そうに見えてしまうからです。)

ですから、一般的には「です・ます」と「だ・である」は混在しないし、させるべきでないということになります。しかし、以下のような例もあります。

やはり夫は帰ってきていませんでしたが、しかし私は平気でした。あすまた、あのお店へ行けば、夫に逢えるかもしれない。どうして私はいままで、こんないいことに気づかなかったのかしら。きのうまでの私の苦労も、所詮は私が馬鹿で、こんな名案に思いつかなかったからなのだ

これは太宰治の『ヴィヨンの妻』からの一節ですが、ここでは「です・ます調」で文章を進めながら、自分の心への問いかけという形で文体に変化をつけています。これにより、はっとした気づきのようすが読者に伝わるとともに、文章のリズムにも緩急がついて読みやすくなっていると思います(読みやすい、なんて失礼な言い方ですが…)。

今回はリズムをよくする文章の書き方として、文末の形に注目してみました。こういったテクニカルな手法でも効果はあると思いますので、ぜひお試しください。

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