iPhone をはじめとした iOS 端末用の辞書アプリとして、おそらくいちばん有名な『大辞林』。恒例の「三省堂 年末年始謝恩セール」として通常価格2,600円(税込)のところ、1,500円(税込)で販売されていたので、今さらですが購入してみました。
アプリ自体のレビューについては、これまで多くの方がいろいろな場所で語り尽くしていると思いますので省略します。
今回はこの大辞林で「全然」という言葉を調べ、その内容について紹介していきます。
「全然」は肯定表現でも使われていた!?
「全然」ときたら「〜ない」といった打ち消しの語がくるべきであり、「全然いい」「全然おもしろい」といった表現は本来誤りである。
これは多くの方が共有している認識だと思います。共同通信社が発行している『記者ハンドブック』でも、全然という言葉は、
「全然美しい」「全然楽しい」など肯定的には使わない。
としています(私が所有しているのは「第9版」なので情報が古いかもしれませんが)。
仮に「全然大丈夫」といった使い方を支持する人がいたとしても、その根拠は「言葉は時代とともに変わるものだから」といったものが多いのではないでしょうか。つまり「昔は誤りだったことは知っているけれど、今はもういいじゃないか」ということです。
ところが近年、「実はそもそも誤りですらなかった」という意見があちらこちらで見られるようになりました。そこで今回購入した『大辞林(スーパー大辞林 3.0)』でも「全然」という言葉を調べてみました。
①(打ち消し、または「だめ」のような否定的な語を下に伴って)一つ残らず。あらゆる点で。まるきり。全く。「雪は ─ 残っていない」「金は ─ ない」「─ だめだ」
② あますところなく。ことごとく。全く。すべて。すっかり。「一体生徒が ─ 悪いです/坊っちゃん 漱石」「母は ─ 同意して/何処へ 白鳥」
③〔話し言葉での俗な言い方〕非常に。とても。「─ いい」
① と ③ については従来の認識と同じでしょう。あくまで「全然いい」という表現は俗な言い方としています。
ただ②は少し違った使い方です。例文が古いものばかりですが、夏目漱石や正宗白鳥の時代には否定語を伴わない使い方もあったということでしょうか。
このあたりの事情については日経新聞の記事に詳しく書いてありました。
なぜ広まった? 「『全然いい』は誤用」という迷信
(日本経済新聞/201112.13)
「『全然いい』は誤用」という迷信 辞書が広めた?
(日本経済新聞/2012.6.26)
これらの記事によりますと、「全然」が否定を伴うという意識が急速に広まったのは昭和20年代後半ごろとのことです。それまでは肯定を伴う使い方も普通だったようです。
結局「全然いい」はアリなのか
昔は全然が否定語を伴わない場合もあったということはわかりました。では、「全然いい」という表現を今使っても間違いではないのでしょうか。
実は『大辞林(スーパー大辞林 3.0)』の説明には続きがあります。
〔明治・大正期には、もともと②の「すべて」「すっかり」の意で肯定表現にも用いられていたが、次第に下に打ち消しを伴う①の用法が強く意識されるようになった。近年、③の意で肯定表現を伴って「全然おいしい」などと程度の強調を表す用法が見られるが、これは俗用である〕
この説明をそのまま解釈すると、②と③は肯定表現を伴っているという点では同じであるが、程度の強調を表す意味で使っている③は、やっぱり俗用である、ということのようです。
つまり、「全然」を肯定表現とともに使っても間違いではないけれど、「とても」という意味で使ったらダメよ、ということです(『大辞林』の見解としては)。
②「すべて正しい → 全然正しい」◯
③「とても気持ちいい → 全然気持ちいい」▲
これはちょっとややこしいですね。きっと読んでいる人も、どちらが正しくてどちらが間違いか区別がつかないと思います。
まとめ
結論から述べますと、よほどのポリシーがない限り、2015年の今現在では「全然」を肯定表現とともに使うことは控えた方がいいと思います。
理由は、書き言葉では「全然 + 肯定表現」に違和感を覚える人がまだまだ多いからです。いくら昭和初期まではOKだったといっても、それこそ「言葉は時代とともに変わるもの」です。「「こんにちわ」はアリ? ナシ?」の記事でも書きましたが、このブログの基準は文法的に正しいとか学術的に間違っているということではなく、あくまで「変だ」「おかしい」と感じる人がいるかいないかに置きたいと思います。
つまり、「全然正しい」と書いたあなたの文章を読んで「こいつバカだな。こんないい加減な日本語を書くようなやつの文章は信頼できない」と思われたら損じゃないですか、ということです。
たとえあなたが全然正しかったとしてもです。